越中島〜明治丸〜小名木川〜大横川〜越中島

(2008年03月29日)



今日は桜見物。

地図

しかもこの時期は海洋大の明治丸が見学できるというので越中島へ


(越中島の駅)

駅前には自転車置き場があるが、越中島駅が地下鉄のような感じで駅前ターミナルなどと言うものが無く、
しかも歩道もあまり広くないので、自転車置き場は、街路樹分のスペースしか確保できず、

(自転車置き場)


自転車はこんな角度で置く。
苦肉の策って感じがしなくもないけど、これぐらいのスペースでも自転車が置けると言うのは、
どこか地域もあるんじゃないだろうか。

海洋大のキャンパスに入り、

(海洋大の建物)




(イカリ)


明治丸を近くで見る。

(明治丸)



ボランティアのガイドさんが来て、いろいろと説明をしてくれる。
ガイドさん、この学校の卒業生か。
この船は西暦1874年(明治7年)に竣工。製造元はイギリス。
素材は鉄。普通、船は強度を考えて鋼を使う。
鉄を使った理由は錆びないから。
また明治7年当時は、溶接技術が発明されていないので、全部リベット止め。
リベットの頭が表に出すと水の抵抗が大きいので、リベットの頭が取ってある。


(船体の表面)

帆船式と蒸気式のハイブリッドタイプ。
日本政府はイギリスに発注する時に外輪船を想定していたけど、
(ペリーさんなどのアメリカの外輪船しか見たことが無かった)
当時はイギリスでは蒸気船はすでに外輪船からスクリューに変わっていたので、
スクリュー式になっていて驚いたという話があるらしい。
この船は帆で移動する時と蒸気で移動する時は操舵が別。
帆の時は操舵を後ろで行う。

後部の操舵部分。
蒸気で動かす時は、チェーンを前の操舵室につなげて操舵していたそうだ。
(う、おやじギャグ)
蒸気を使えない時は、人力でこれを回してウィンチとして使う。
お約束の甲板掃除用のヤシの実




操舵室は二階。
操舵室の中。
コンパスと舵輪しかない。


明治頃なので、無線機も無ければ、GPSなんてある訳もなく、
海図と六分儀と磁石で位置を把握して海を走っていた。


(空気を循環する為のパイプ)

左右のパイプの口を片方を風上に片方を風下にむけると、
船内に空気が循環するようになっている。


錨を上げ下げするウインチ。
蒸気式。
この機械は明治7年の竣工時のまま。
手前のレバーはベルトブレーキ。
外側の丸い物は、錨以外にもこのウィンチを使えるようにする為の物。
たとえばロープをここに巻いて
荷物の上げ下げにも使える。



(パイプを作る技術が無かったのでマストも鉄板を曲げてリベット止め)





(船の内部)

(内部に置いてある置物)



(船の内部)






(結び方サンプル)

錨まで・・・



(網の下は石炭室 船体の脇から石炭を入れていた)



(国会図書館に現存するこの船の書類 岩倉具視や伊藤博文も関係している)




(クロッシュ)





(明治丸の模型)


(明治丸の食器)




(復刻して学内で売られている。記念品になるらしい)




最近までこの船の維持管理費を国は出さず大学で管理をしていたけど、
やっと維持管理費を国が出してくれるようになったそうな。


(練習帆船)


(後部は偉い人が居るので、偉い人用に)

この船は、明治天皇が函館から青森経由で横浜まで乗った事がある。

(この部屋はガイドですら入室禁止)



この明治天皇がこの船で横浜に到着した日が7月20日だった為、海の記念日が7月20日に決まった。

なんとこの船は国民の記念日にまで影響を与えていたとは・・・

さらにこの船、日本に来て半年後に小笠原諸島の領土権確保の為に小笠原に向かい、
当時は、他国の船も小笠原に向かっていて、
1日か二日、到着が遅れていたら他国に小笠原諸島の領土を取られていたという
日本の領土、領海にとっても重要な役目を果たしている。

船の後部は設備が格段によくなる。


(居間)


(身分が高い方の船室)



明治7年はまだ電球が発明されていなかったので、船内の灯はロウソクを使っていた。

(当時はロウソクが入っていた)

しかも、下にバネがしかけられていて、重量が軽くなるとせり上がってきて、
つねに一定の位置でロウソクが燃えるようにしてある。


(後部の高級感がある椅子)

座ってみるとこの袖が実にいい感じで腕にフィットする。
最近のデザイナーさんもデザインだけを追及するんじゃなくて、
使う人のフィット感を大事にして欲しいな〜。


(四角い窓)

船の船体の下部は通常は強度も考えて丸い窓がつけられるけど、
この船の後部は四角い窓がついている。

後部の階段は鉛が貼り付けてある

(鉛が貼り付けてある階段と持ちやすい手すり)



階段を歩く音を静かにさせる為らしい。
この手すりも持ちやすい。

(船を左右から見た所)



(船の前の山は波を表しているらしい)



ガイドの人にお礼を行って、そばの記念館に入ってみる。
記念館の前に石がある。

(石)


うんちくを読むと、

酋長???

酋長って相手がすごいな。

酋長が崖に転がっていた岩石を渡してくれたって気がしないでもないけど、
この玄武岩は、柱状節理ですな。
溶岩がゆっくり冷える時に柱のように固まってしまうって奴。
そばの記念館に入る

(記念館の中の展示物)


なんか、船の科学館見たい。
船の模型とかエンジンとか六分儀とか無線とかギヤとか結んであるヒモとかが置いてある。
展示館の展望スペースからは明治丸が見える。

(明治丸)


展示館を出て敷地の椅子でお弁当を食べる。
ここの自販機にキャラメルを見つける。

(海洋大の敷地)


お弁当も食べてキャラメルも飲んで、次は桜見物。
住人の話では、隅田川よりも、隅田川につながる川を行った方がいいそうなので、
指示通りに行ってみる。

(大横川)

大横川に出ると桜が見事に咲いている。
けど、ここには行かずにさらに先の小名木川を目指す。


(川の脇の道)

小名木川と隅田川が合流する所に出た時にちょうどヒミコを見かける。


(ヒミコ)

ひさしぶりに見たな〜。
小名木川脇を走っていると、
目立つ壁。
近寄って見てみると、


(劇団)
キートン山田ってあのキートン山田??
川の堤防脇に向かう道を見つけて、そこを入る。

(なぜか鳥の置物)

桜はなかなかいい感じ。

(小名木川の桜)



川には船がたくさん出ている。
どうやら花見らしい。
あれ?


(川)

川面になんか浮いている。


(カモ)

デート中だろうか?
小名木川脇の桜がなくなりさらに別の川との交差点に行く。

(川の交差点)

水門がある。


(扉)

前と後ろってあたりがなんか違和感。
ここ、パナマ運河方式で、水位の差が2m近くあるそうだ。
この交差点を今度は南に向かおうとすると、


(注意の看板)

このビックリマークはあの幻の”その他の危険”という奴では?
上空を見てみる。


(上空)

危険が見えない。
空間から突然得体の知れない物が落ちてくるとか?
そういう危険なんだろうか?

川脇を行く。

(大横川の桜)


なかなか見事。しかもこのあたりって穴場なのか、あまり人が居ない。
上野とか千鳥ケ淵とか花見客がすごいのに。

木場公園の脇から東陽町方面に出て、

(自転車道)


自転車道を木場に向かう。
途中で神社を見つける。

(神社とうんちく)


昔はここまで津波がきたらしい。
でも弘法大師って、仏教のような気がするんですが・・
再び大横川と遭遇し、桜を見る。

(桜)



ここは観光案内用の和船が出ている。


(和船)

どうやら松尾芭蕉も居る。

(和船に同乗している芭蕉?)

橋の近くの小さな神社に人が集まっている。
なんだろうと、やじ馬根性丸だして行ってみる。


(神社とうんちく)


こう江戸時代の名残がチョコチョコと残っているんだよね。
船の発着所に行こうとしたら、
BSモールトンとパイロンの男性のペアが走ってゆく。
あれ?知りあいかな?

(桜)


船の発着場に到着したけど、乗船待ちがとっても多いので乗船はやめる。
乗船料はお一人様500円。
(夜の6時台のTBSのニュースの中でこのあたりが紹介されていた。)

じゃあ帰るかと越中島から自宅まで。

今日の目玉
1,狭さも考えた自転車置き場
2,溶接技術が無い時代はリベット止め
3,人力のベルトブレーキ
4,岩倉具視も伊藤博文も関係していた船
5,日本の休日に影響を与えた船
6,日本の領土・領海にも影響を与えた船
7,こんなところにキートン山田
8,上空を注意しなければならない危険
9,和船で花見はかなりいいらしい

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